まっくらくらい場所から

大学とは往々にして辺鄙な場所にあるものだが、私の通うそこはとびぬけて辺境にある。

大学も三年目に入るが今の今まで勉強を放り出してきた私は、自分を情けなく思いながらも今からでもやらないよりはましだという思いで英語の基礎学力を上げるために勉強している。そんな私であるが今日から同じように英語力の伸び悩みに直面している(といっても私よりも何倍もできる)友人と一緒に勉強を始めた。相手がいるとある程度集中できるもので今年に入って一番長い間机に向かうことができた。ついでに夕食も学内で済ませ、そのまま夜も残って勉強をつづけた。さて、学校を出るかという時間になったのは10時20分のことである。

繰り返すが、学校は控えめに行ってもド田舎にあるため、学校周辺には商業施設はおろか、コンビニさえ存在しない。ちなみに最寄のコンビニまで徒歩49分である。最寄駅までは4キロある。バスはと言えば最終の運行スケジュールは午後9時55分学校発。電車が来るのはなんと約50分後で冷暖房設備のない駅で1時間近く待つはめになるのである。冬はもちろんのこと季節を問わず待つことが苦痛で仕方ない私にとってその時間帯のバスは極力使いたくはないものだった。そこで最寄駅から大学まで自転車で通学している。とても素敵なアイデア。だがしかし、くどいようだが大学から一歩出ると、そこは街灯なんぞ気の利いたものは一切ない、原始的な暗闇がぽっかりと口を開けているような場所なのだ。

人並み程度に神聖なものや恐ろしいものを感じるので、一切の光のない大学の裏坂と、昼間は美しい桜並木が私はとても怖かった。けれども、時間を有効活用するためにはこの時間まで大学に残って自転車にのる他ないのである。ちなみに学校側には掛け合ったが赤字路線なのでバス時刻の改正は無理だと相手にされなかった。

今晩も、前灯を増設した自転車に乗って、私は春といってもまだ寒い夜に滑り出た。ぼんやりとした前照灯の白い灯によってうっすらと桜の枝葉が暗闇に浮かび上がっていた。そのとき、桜の枝葉の隙間からわっと星の灯が瞬いているのが見えた。

しんと冷えた夜で、いつも曇り空の秋田では珍しいくらい晴れた夜だった。桜並木を抜け、360度視界を遮るものがない場所に出ると、たくさんの星がゆらゆらと暗い空に浮かんでいることに気が付いた。山際では橙色の三日月がにんまり笑っていた。

秋田駅周辺に住んでいる私は街の灯、高層マンションやホテルなどがあるため物理的に星を見ることが難しい。大学から少し離れたところにある駅前の集落の灯がちらほらと見えるまで、ぐるぐる星空を見渡しながら自転車をこいだ。10分そこらで駅についたが、その頃には煌々とした照明があたりを照らし、星々はひっそりと息をひそめてしまっていた。

しばらくしてやってきた電車はいつも通り2両編成で、車両には私を含めて3人しか人が乗っていなかった。

私は電車の中で故郷について思った。私は故郷に素敵な思い出ばかりがあるわけではない。閉塞的、かつ保守的なコミュニティで思春期を過ごしたおかげで、随分ひねくれた正確に育ってしまった。けれども、故郷を離れて進学し、就職し、さらに関西をはなれて風土の全く異なる秋田に来て、たしかに私は故郷が好きなのだと感じることが増えた。これまで人生の約半分を大阪で過ごしたおかげで人混みや騒がしさを好む私は、秋田の人口密度に耐えられなかった。雪の齎す交通機関への影響も受け入れがたく、また脆弱な交通インフラも許しがたかった。けれども、こうしてひっそりと瞬く星や、どこまでも続く田園風景、冬にやってくる渡り鳥の鳴き声なんかを日常の隙間に見つけてしまうと、どうにもこうにもいいところだなあと思えてくるのである。あんなに嫌いな場所だったのに。

一目で気に入るものもあれば、じんわりとしみ込むようになじんでいくものもあるのかもしれない。一目で気に入るものっていうのはだいたいわかりやすくて魅力的なものだ。あまり考えなくてもいいもので、直感で選ぶからあんまり悩まなくてもいい。京都と観光と言えば清水寺だし奈良と言えば大仏である。旅行会社にいたときに財政破綻寸前の街を観光活性化したいという難題に少しだけ向き合ったことがあった。そのときもキラーコンテンツがなければ、主要産業がなければ、あらゆる商売をやっていきにくいとばかり思っていた。さらにいえば、なんだって東北の人々はこんなに暮らしにくいところに根を張り生きているのだろうと思っていた。けれども、物事にはなんでも理由がある。いいところだから人が住むのである。

秋田に遊びにおいでよ、というと「でも、秋田って何があるの」と問われる。何もないよと返すしかない。けれど、瀟洒な建築も豪奢な寺院もなくったって、ここはとてもいいところだということを知ってほしい。言葉にするのは難しいけれど。

日本全国あらかた訪れたけど、これからはもっと地の人との交流が持てるような旅をしたいと最近思う。そうすればもっとその土地の素敵なところを知ることができると思うから。